大分県の地名の謎「組」
外から大分県を懐かしんで思い返していると、ふと不思議に思うことがあります。
その1つが地名。
これが大分オンリーかどうかは知りませんが、「組」という独特な表記をする地域があります。
通常は、○○県○○市○○町○丁目○番地○号
といった地名表記が一般的ですが、大分では、
大分県○○市○○町○
組
と表記する地域があります。
例えば、
大分県大分市南太平寺
六組一ノ一(6組1の1)
は昭和後期に
大分県大分市南太平寺
十七組(17組)
に改変されましたが、
ずっと「
組」が使われています。
当時の上田町、南太平寺、古国府、羽屋あたりは、田んぼや空き地だらけでしたが、今はびっしり住宅地化してますね。私が住んでいた家屋も今はもうありません・・・休田地で昔は野球をやったものですが、今はもう跡形も無く。
念のためgoogleマップで見ても以下の通り。
大分市上田町1A-1組 とか、大分市羽屋4-1-A組 とかいろいろなバリエーションがありますね。
「組」ってまるで学級(クラスルーム)か宝塚歌劇団、はたまた江戸時代の火消しのようですね。
でも「組」という表記のほうが、何やら「地域はまとまって助け合って生きていかないといけない」といった絆的なものがイメージできるので、何丁目何番地といった殺風景な表示より温かみがあって良い気もします。
(郵便物も宅配便も「組」表記の住所でなんの問題もなく届いていたので)
当地に住んでいた者としては、「組」という言い方しか知らず、住所表記は「組」が当たり前とさえ認識していたのですが、いろいろ調べてみると
「組」というのは「
通称」の住所表記だそうで、
その他にちゃんと「行政による
公称」(正式な住所)があるとのことで、
住民票には両方記載されたりするそうですね。
そういえば大分にいる時には住民票を取り寄せたことがなかったので私は自分が住んでいた住所は「組」でしか知りません。おそらく今現在、住んでいる皆さんも「組」表示の「通称」しか知らない人は多いのではないでしょうか。
何はともあれ、google マップなどで空から大分を懐かしんでのぞいたとき、ふとそんな大分県独自の地名(住所)表記方法が気になったのでした。
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