2017年09月20日
コップン工場?
昔、大分市南太平寺2-3組あたりに、ポップン工場?と呼ばれる建物があった。子供だった私はまったく意味がわからず、コックンだかポップンだか(ポップコーンでも作ってるのか?)、なんとなく「音」的にしか理解していなかったが、そこは独特の臭いを放っており、たくさんのトラックが出入りをし、子供心に妙に記憶に残っている。
今考えるといわゆる通称「コップン(骨粉)工場」で、食肉を扱う某会社の精肉工場だったのだ。
昔はその辺りは田んぼだらけで、ぽつんとその工場が田んぼの中に立っているような感じだったので、独特な臭いのその工場も成立していたのだと思う。
今では民家やマンション、アパートが乱立しているこの辺りだが、昔は上田町の長久堂の製菓工場やこの「骨粉工場」、そして豊府小学校の隣にあった「ABC工場」など、上田町から古国府にかけては、田んぼの中に工場と倉庫が点在しているような感じだった。
そんなコップン工場と運営元つながりか、その工場から少し離れた田んぼの中に、当時ではこの辺りでは一番高い建物(マンション)ができ↓
当時はこのマンションは清田産業ビルと呼ばれ(現 エステートハイツ)、今は駐車場となっている1Fは、マンションができた当時はスーパーマーケットだったのだが・・・が、すぐ閉店してしまった。
昭和の当時はもちろん、この辺りにはコンビニなどなく、小さな個人商店とマルショク(大分市羽屋110-4あたり)とサンライフが座標
33°12'53.3"N 131°36'05.3"E
33.214815, 131.601474
あたりにあっただけで、夜、緊急で何か買い物が必要になった時にはとても困ったものだった。当時は深夜営業とか24時間営業という概念自体が無かったように思う。
ちなみにこのマンションには同級生が住んでおり、眺めが良いのと、マンションが物珍しかったことと、太平寺の裏山が近いせいか、マンションの廊下などの外灯によくカブトムシやクワガタが飛んできていたので、毎日のように遊びに行ったものだった。
昔はその辺りは田んぼだらけで、ぽつんとその工場が田んぼの中に立っているような感じだったので、独特な臭いのその工場も成立していたのだと思う。
今では民家やマンション、アパートが乱立しているこの辺りだが、昔は上田町の長久堂の製菓工場やこの「骨粉工場」、そして豊府小学校の隣にあった「ABC工場」など、上田町から古国府にかけては、田んぼの中に工場と倉庫が点在しているような感じだった。
そんなコップン工場と運営元つながりか、その工場から少し離れた田んぼの中に、当時ではこの辺りでは一番高い建物(マンション)ができ↓

昭和の当時はもちろん、この辺りにはコンビニなどなく、小さな個人商店とマルショク(大分市羽屋110-4あたり)とサンライフが座標
33°12'53.3"N 131°36'05.3"E
33.214815, 131.601474
あたりにあっただけで、夜、緊急で何か買い物が必要になった時にはとても困ったものだった。当時は深夜営業とか24時間営業という概念自体が無かったように思う。
ちなみにこのマンションには同級生が住んでおり、眺めが良いのと、マンションが物珍しかったことと、太平寺の裏山が近いせいか、マンションの廊下などの外灯によくカブトムシやクワガタが飛んできていたので、毎日のように遊びに行ったものだった。
Posted by jltoita at 03:20
│大分の思い出