2017年09月27日
ABC工場
昔々、現在のチュリス古国府壱番館から弐番館がある丸々一帯(大分県大分市羽屋21-1)は、通称「ABC工場」と呼ばれる工場だった。
なぜ「ABC工場」と呼ばれていたかと言えば、この工場には南北に連なった3つの大きな棟があり、その各棟の西側の入り口の上部に、「A」「B」「C」(A棟、B棟、C棟)と書かれていたからである(両端のどちらがAとCだったかは記憶が定かではない)。
ABC工場の正式名称は「新日鉄羽屋製鉄所」とかそんな感じの漢字だらけの表札が、愛隣幼稚園側の工場の正門に掲げられていたような気がするが正式名称は記憶が定かではない。
おそらくマンションやビルなどの鉄骨を作っていたように記憶している。たまにゴーンという音が工場から聞こえていたが、それほどうるさい工場というわけでもなく、ただ豊府小の正門周辺は、桜並木の脇が、フェンスとグレーの長い壁にずっと囲まれていたのが印象的だった。

この写真では、1974年にできた豊府小学校は、まだできたてホヤホヤ。この1975年から向こう10-20年くらいは、この原風景はあまり変わらず、田んぼだらけだったが、今の豊府小学校周辺は、田んぼはコンクリートで埋め尽くされ、上空から見るとグレーだらけ。今では豊府小のグラウンドと豊府幼稚園の間は道路が貫通するなど痛々しい状況になっている。
ABC工場内の南側には、おそらく資材置き場であろう草ぼうぼうの空き地があって、フェンス1つで豊府小学校の「小運動場」と隣接していた。
この辺りの思い出といえば、その小運動場でボール遊びをしていたY君が、ABC工場内にボールが入ったため、そのフェンスを乗り越えて工場内に飛び降りたところ、運悪く、着地点のコンクリートから鉄筋が飛び出していて、シューズの底から鉄筋が5~10cmくらい足に貫通する、という衝撃的な事故が起きて大騒ぎになったことを鮮明に覚えている。
豊府小のまわりは、このABC工場以外は、ほぼ360度 田んぼに囲まれていて、とてものどかだった。