2012年12月15日
トキハとアメリカの吉野家
アメリカでも日本語教師は、学校が夏休みなどのホリデー期間は、教員も休みになります。私もここぞとばかりに全米をくまなく旅したものでした。特にグレイハウンドバスの周遊チケットで地続きでローリングでつぶしていくように、景色の変化を楽しみながら各都市を訪れるのが好きでした。
アメリカ各地を旅していると、いろいろな日本食レストランを見かけますが、中でも多いのが、西海岸から東海岸まで100店舗近く展開している吉野家。私は日系企業支援の意味もこめて吉野家を見かけては入ってみることにしていました。旅中でも3日に一度は米飯を食べないと、何やら口内炎ができてしまう傾向もあったので。
アメリカの吉野家に入ると、日本の吉野家の通常店舗とはちょっと違い、アメリカの吉野家では、マクドナルドのように、カウンターでオーダーして、カウンターで牛丼(Beef Bowl)を受け取って、自分でそのトレイを持って着席する、というスタイル。
ちなみに「つゆだくでお願いします。」は英語で“ Extra Juice, please! ”などとオーダーします。
このアメリカの吉野家のスタイル、大分出身の私としてはとても懐かしいものを感じました。
というのも、以前、トキハの1Fに入っていた吉野屋が、(元あったファストフード店を改築したため)このカウンターでオーダーして、品物を受け取って、自分でトレイで持って着席する、というスタイルだったからです。
NYの吉野家は、NYのど真ん中、ポートオーソリティ・バスディーポの前の非常に立地条件がよい場所にあり、長距離バスの乗り換えで時間がある度に訪れていたのですが・・・なんと2012年1月31日に閉店。家賃高騰のためとかで、移転プランもないようです。
アメリカの牛丼(Beef Bowl)は日本のそれに近いものがありましたが(というか長期アメリカに滞在していると味覚が狂うので日本のがどうだったかは微妙なタッチの差異の正確な判断には自信がありませんが)、それ以外にVegetable Bowl(野菜丼)やら、Teriyaki Chicken Bowl(テリヤキチキン丼)やら、おもしろいメニューがアメリカの吉野家にはあります。
特にVegetable Bowl(ベジタブル・ボウル)は、大切りのブロッコリーとニンジンがそのまんまドンと白飯の上にごつごつ乗っているだけで、「なんだこれ?」という感じではありますが、アメリカではベジタリアンや、宗教上の理由で肉が食べれない人種もたくさんいるので、こういうメニューのバリエーションになっているのでしょう。
広々としたファミレスのような店内はアメリカの吉野家ならではですが、なんとなく、こちらも昔、トキハ・デパートの1階に入っていた吉野家を彷彿させるものがありました。
私の記憶では、確かトキハの吉野家があった場所(トキハデパート本店の正面右側・1F,電光掲示板の下)は、ロケーションがよいためか、テナントの移り変わりが激しく、歴代、
■旅行代理店(?)・・・1970年代?
↓
■ファーストキッチン・・・1980年代?
↓
■ダンキンドーナツ・・・1980年代-1990年頃?
↓
■吉野家・・・1993-1997年頃?
↓
■ルイ・ヴィトン/LOUIS VUITTON (2000年頃~現在)
と変遷していったと記憶しています。年代は曖昧、もしかしたらそれ以外にも漏れている店舗があったかもしれませんが・・・
何はともあれ、カウンター席がなく、カウンターでオーダーして、自分でトレイで運ぶスタイルの吉野家を初めて経験したのが、大分・トキハの吉野家でした。ひょんなことで地球の反対側で故郷を懐かしんだりするものです。
日本語教師としては、海外と日本の吉野家のメニューや味などの比較と、海外展開するジャパニーズ・ファストフードの代表格である日系企業の様子を日本経済と絡めて学ぶような授業を1度、教案として取り入れてみるのも面白いかもしれませんね。
そういえば、トキハ・デパートには今もエスカレーター・ガールはいらっしゃるのでしょうか。昔は昇りエスカレーターの前に常駐して「お子様のお手を引いてお乗りください。」的な案内をされていた記憶がふっと沸いてきました。肉声の注意の呼びかけは、機械音声よりもやはり温か味があるのか、今も耳に残っています。手前に組み合わせていた両手に はめていた白い手袋も妙に印象的でした。今もいたら、日本的サービス文化として世界的にも希少な気がします。
エレベーターガールなら東京などでも今でも見かけることはありますが・・・
アメリカ各地を旅していると、いろいろな日本食レストランを見かけますが、中でも多いのが、西海岸から東海岸まで100店舗近く展開している吉野家。私は日系企業支援の意味もこめて吉野家を見かけては入ってみることにしていました。旅中でも3日に一度は米飯を食べないと、何やら口内炎ができてしまう傾向もあったので。
アメリカの吉野家に入ると、日本の吉野家の通常店舗とはちょっと違い、アメリカの吉野家では、マクドナルドのように、カウンターでオーダーして、カウンターで牛丼(Beef Bowl)を受け取って、自分でそのトレイを持って着席する、というスタイル。
ちなみに「つゆだくでお願いします。」は英語で“ Extra Juice, please! ”などとオーダーします。
このアメリカの吉野家のスタイル、大分出身の私としてはとても懐かしいものを感じました。
というのも、以前、トキハの1Fに入っていた吉野屋が、(元あったファストフード店を改築したため)このカウンターでオーダーして、品物を受け取って、自分でトレイで持って着席する、というスタイルだったからです。
↓アメリカ・ニューヨーク 42nd Street の吉野家店内・カウンター

なんとなく昔、トキハ(本店)にあった吉野家を彷彿させる店構え。
NYの吉野家は、NYのど真ん中、ポートオーソリティ・バスディーポの前の非常に立地条件がよい場所にあり、長距離バスの乗り換えで時間がある度に訪れていたのですが・・・なんと2012年1月31日に閉店。家賃高騰のためとかで、移転プランもないようです。

特にVegetable Bowl(ベジタブル・ボウル)は、大切りのブロッコリーとニンジンがそのまんまドンと白飯の上にごつごつ乗っているだけで、「なんだこれ?」という感じではありますが、アメリカではベジタリアンや、宗教上の理由で肉が食べれない人種もたくさんいるので、こういうメニューのバリエーションになっているのでしょう。
↓こちらはロサンゼルス(LA) 7th Street の吉野家

LAの吉野家もやはりカウンターでオーダーして、トレイに乗せて自分で席へ向かうスタイル。私は食べそこねましたが、Shrimp Bowl(えび天丼)はおいしそうでしたね。
広々としたファミレスのような店内はアメリカの吉野家ならではですが、なんとなく、こちらも昔、トキハ・デパートの1階に入っていた吉野家を彷彿させるものがありました。
私の記憶では、確かトキハの吉野家があった場所(トキハデパート本店の正面右側・1F,電光掲示板の下)は、ロケーションがよいためか、テナントの移り変わりが激しく、歴代、
■旅行代理店(?)・・・1970年代?
↓
■ファーストキッチン・・・1980年代?
↓
■ダンキンドーナツ・・・1980年代-1990年頃?
↓
■吉野家・・・1993-1997年頃?
↓
■ルイ・ヴィトン/LOUIS VUITTON (2000年頃~現在)
と変遷していったと記憶しています。年代は曖昧、もしかしたらそれ以外にも漏れている店舗があったかもしれませんが・・・
何はともあれ、カウンター席がなく、カウンターでオーダーして、自分でトレイで運ぶスタイルの吉野家を初めて経験したのが、大分・トキハの吉野家でした。ひょんなことで地球の反対側で故郷を懐かしんだりするものです。
日本語教師としては、海外と日本の吉野家のメニューや味などの比較と、海外展開するジャパニーズ・ファストフードの代表格である日系企業の様子を日本経済と絡めて学ぶような授業を1度、教案として取り入れてみるのも面白いかもしれませんね。
そういえば、トキハ・デパートには今もエスカレーター・ガールはいらっしゃるのでしょうか。昔は昇りエスカレーターの前に常駐して「お子様のお手を引いてお乗りください。」的な案内をされていた記憶がふっと沸いてきました。肉声の注意の呼びかけは、機械音声よりもやはり温か味があるのか、今も耳に残っています。手前に組み合わせていた両手に はめていた白い手袋も妙に印象的でした。今もいたら、日本的サービス文化として世界的にも希少な気がします。
エレベーターガールなら東京などでも今でも見かけることはありますが・・・
Posted by jltoita at 19:27
│大分の思い出